レジェンドドライバートークショーその2

日産自動車の創立80周年を記念したパレード「ヘリテージ・カー・パレード in Yokohama」が2013年12月23日に日産グローバル本社ギャラリーで開催された。

当日、日産グローバル本社ギャラリー内のステージでは日産のドライバーとして数々のレースで活躍し、現在スーパーGTで監督を務めている長谷見昌弘氏と星野一義氏による「レジェンドドライバートークショー」が行われた。

トークショーの内容を要約して5回に分けてお伝えする。
2回目は先輩後輩の上下関係や今の若者について。

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先輩と同じ部屋で寝る

-今も日産のレーシングドライバーには先輩後輩があるが、当時もあった?

長谷見昌弘氏(以下長谷見)  厳しかったですね。日本全体がそうでしたからね。先輩を敬うという。
日産のワークスでは星野君が最後なんです。
それ以降の人たちはあまりそういうことはなかったですね。

星野一義氏(以下星野)  食事の時、僕のごはん冷たかったの。
(先輩のごはんを)全員よそっていくでしょ。
僕が食べる時は冷めてるの。
そういう上下関係がすごいの。

長谷見 それ以上に高橋国光、北野(元)、砂子(義一)とかその辺はもっとすごかったね。

星野 今はそういうのが忘れられてるよね。

長谷見 レースに行くと、(宿泊先が)旅館なんですよね。
8畳とか10畳に4人くらいで寝るわけです。
(先輩である)高橋国光とか北野(元)とか一緒に寝るんだよね。
勝手にテレビのチャンネル変えると怒られちゃうんですから。

星野 僕は長谷見さんの背中流してたんだから。

長谷見 まず先輩が入ってから(後輩が風呂に)入ってたんです。
そういう時代だったんですね。

-まるで寮生活のようだが、その位ドライバーが一緒に生活することが多かった?

長谷見 今はドライバーもメカの人もビジネスホテルで個室。
我々の時はそんなのはなかったですから。

星野 その縦社会で意欲やチャレンジが生まれてくるのよ。
だからそういう意味では良かったんじゃない?

長谷見 若いのを教える時に、サーキットに来たら我々とか他の先輩ドライバー、スタッフの人たちに必ず大きい声で挨拶しろって言うんです。
必ずさせています。

-長谷見さんは現在、日産のレーシングドライバー育成プログラムNDDPの監督をしているが、昔過ごしていた時のようなことを教えている?

長谷見 良かれと思うことだけ教えている。
「ここどうでしょう?」って聞きにくれば先輩は教えるんです。
でも聞きに来なければ、将来敵になるかも知れないから絶対に教えないんです。

-星野さんは当時そうでした?

星野 今チームを持っていて「レースをやりたい」という人が来るけど、2か月くらいタイヤ運びをやらせると来なくなる。

出題からずれているけど、料理人になるにも下から階段がある。
その階段を下から順番に登ってこないと。
一挙に登れないからね。
野球も一挙に登れない。
いきなり読売ジャイアンツ入れないじゃない?
リトルリーグからになる。

だから、考え方が違うのかな長谷見さん。徐々に徐々にっていう…。

長谷見 とにかく、みんなと同じことしてたらレースの世界では上へ上がれないです。

-長谷見さん星野さんの時代は分からないことは先輩に聞いた?

星野 長谷見さんは天才だから。僕は努力家だから(笑)。

長谷見 僕が4輪に入った時は、日本の誰一人としてブレーキとアクセルをちょんと踏んでギアダウンするとか、ヒール&トウっていうんですけど、誰も知らなかったんです。
そういう時代ですよ。
当時の自家用車はほとんど3速か4速のMTで、「5速が欲しいなあ」っていう時代でした。

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